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長野簡易裁判所 昭和39年(ろ)83号 判決

被告人 田中益伊

主文

被告人を罰金三、〇〇〇円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金五〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は昭和三九年四月二三日午後六時二〇分頃、長野市往生寺地籍所在の、しぐれ沢から同所夕日ケ丘を経て同所一三〇二番地附近の菅野春太郎方前附近に通ずる勾配の多い遊覧道路において、法令に定められた制動装置であるフードブレーキが調整されていないので、ダブつて踏み込まないと制動機能が発揮できず、このため交通の危険を生じさせるおそれがある普通貨物自動車(長四せ三〇五七号)を運転したものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(法令の適用)

被告人の判示所為は、道路交通法第六二条、第一一九条第一項第五号、罰金等臨時措置法第二条第一項に該当するから、所定刑中罰金刑を選択し、所定金額の範囲内において、被告人を罰金三、〇〇〇円に処し、刑法第一八条に則り右罰金を完納することができないときは金五〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することにする。

(道路交通法第七〇条違反の公訴事実を排除して同法第六二条を適用処断した理由の要旨)

本件公訴事実は、「被告人は昭和三九年四月二三日午後六時二〇分頃、長野市往生寺一、三〇二番地附近の道路において、普通貨物自動車を運転し、東進したものであるが、同所は千分の七〇位の急な下り勾配であり、かつ、右車両はフードブレーキが調整されていないので、あらかじめ適宜減速して進行すべきであるのに、時速約四十キロ位で進行してから制動操作をしたので及ばず、加速度が増し、ハンドルを切りそこね道路右側に転落し、もつて他人に危害を及ぼすような速度と方法で運転したものである。」と云うのであり、罰条として道路交通法第七〇条第一一九条第一項第九号を掲げている。而して右公訴事実によれば、検察官は本件を安全運転義務違反の故意犯の一罪として起訴したものであることは明らかである。

しかしながら当裁判所は右第七〇条の規定は、同法各本条に規定している各種の基本的義務違反行為に該当しない可罰的行為をとらえて処断の対象とする補充的規定であり、その適用範囲は極めてせまく、各本条の義務規定をもつてしては賄うことのできないような運転行為で、而もその運転方法が他人に危害を及ぼすおそれのあるものである場合において初めてその適用を見るべきものと解する。即ち道路交通法第七〇条は同法各本条の具体的個別的義務規定を基本法と見ればこれに対する抽象的概括的な補充法或は補助法に該当するものと見るべく、所謂法条競合の一つの場合であり、この場合基本法に該る道路交通法各本条の適用により補助法に該る同法第七〇条の適用は当然排斥されるものと解さなければならない。

ところで本件公訴事実中には、外観上右第七〇条にあてはめてその構成要件を充足するが如き事実が記載されているけれども、前顕各証拠を綜合考察すれば、右事実は結局道路交通法第六二条の整備不良車両の運転行為がその根幹的事実を構成しているものであることが認められ、その余の記載は附随的枝葉的結果的な事実が記載されているに過ぎないことが認められる。

然らば本件をその根幹的事実に該る整備不良車両の運転行為に該当するものとして処罰する以上、これと枝葉的補充関係にある第七〇条違反として処罰することは許されないものと考える。

ところで、かくの如き場合においては、検察官は審判の対象を明確にし、被告人の防禦を尽くさせるため、裁判所の勧告をまつまでもなく進んで任意的訴因変更の処置をとるのが妥当ではないかとも考えられるが、前記の如く法条競合の関係にあるものと解する以上、公訴事実記載の事実と裁判所の認定した罪となるべき事実の罪質が同一で且つ適用すべき罰条の法定刑に軽重がなく、或は右後者の法定刑が前者のそれに比し軽く規定されている如き場合で、而も認定された事実の証拠が十分に法廷に顕出されている場合の如きは、必ずしも検察官の訴因変更の意思表示を待たず右後者の罪が成立するものと認定処断しても被告人の防禦に実質的な不利益を及ぼすおそれはないものと考える。本件の場合についてこれを見るに、前記公訴事実の罰条と当裁判所の前記認定事実の罰条は、道路交通法第一一九条の同一法条に属し、その罪質及び法定刑も亦同一であること及び前顕各証拠はいづれも被告人の面前において十分にその証拠調を了している事実を併せ考えれば、もとより前記の如く任意的訴因変更の処置は望ましいことではあるが必ずしもこれを必要とする場合に該当しないものと考える。

以上の理由により主文のとおり判決する。

(裁判官 豊島伝之)

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